2015年12月2日水曜日

信長の野望 創造PK 大名録・羽柴家「九州征伐」の巻

織田・豊臣の大名録がやっと70%を超えた。
次はシナリオ「九州征伐(1586年11月)」でスタート。
スタート時恒例の人材登用では、優秀な本願寺勢をゲットする。
家宝もいっぱいあるので、忠誠も上げやすい。
これは素晴らしい。
また、信頼が20以上の大名家が多数あるため、「伝馬制」を実施する。

最初の大名録「戸次川の戦い」では、センゴクさまの出番だ。
条件である「仙石権兵衛と十河存保の庄内館への布陣」だが、
この2名がいるのは直轄外の十河城。
そんなわけで、手っ取り早く本拠地を洲本城に移してみた。

武将2名は同じ部隊でもよいはずなので、1部隊で九州の庄内館へ。
大敗するはずなので、最小限の人数だ。
同時にもうひとつの条件である長宗我部家の信用度上げも開始。
後の九州攻めに備えて、前線及び兵の多い城へ有能な武将も配置していく。
特に播磨は比較的九州に近く、大河ドラマ効果で有能な武将がそろっているため、
支城にその人材を分配した。
あとは大坂城の人材を、各地の本城中心に派遣する。

庄内館到達までかなりの時間がかかった。
センゴクさまは、漫画でその知名度が極度に上がったものの、
前田慶次との差はいかんともしがたい。
信長の野望では、「そこそこ」程度の猪武者だ。
イベントであっさり島津家久に敗退するが、
ガチで操作しても、十河城勢と同盟の長宗我部勢だけでは大敗したであろう。
対して長宗我部信親の武者振りは素晴らしい。
惜しい将を亡くした。

続く条件は仙石権兵衛の追放。ワン・コマンドであっさり達成w
大名録達成でなぜか秀吉が「大筒」を習得。

そして今回のメインディッシュの「九州征伐」がスタート。
期間はいつもどおり5年。それなりに急がないとまずそうだ。
ひとつめの条件は「隈本城」。
大友家が同盟なので、直接攻められるが、なにしろ距離がある。
まずは大友領に部隊を集結させた。

大友家に援軍要請できるように、「遠交近攻」を実施して工作も開始。
ほどなく連合結成が可能になったた。島津を標的として結成する。
勧誘対象はほぼ後方になるが、とりあえず結成してみた。

隈本城に敵軍が殺到すると面倒なので、
岩尾城などに陽動部隊を派遣。陽動と言っても敵の動き次第では陥落可能だ。
また、念のため筑前の秋月家を攻め、保険の前線基地も作る動きをする。

適当に兵を動かして、岩尾城、隈本城、秋月城、縣城を獲得。
こちらもかなり消耗したので、ほとんどの兵を引き上げ、
代わりに秀吉の本体を出陣させた。
到着する頃には、確保した城の兵が回復しているはずだ。

次の目標は、高城の奪取と、佐渡原城の豊臣秀長による包囲。
秀長は隈本城戦での消耗が大きく、帰城させたので、
戻るまでの間に、高城および周囲の城を陥落させる。
早めに徹底した部隊が回復してきており、
これはどんどん前線に戻していく。
と思いきや、高城と佐土原はどちらかひとつで条件達成だった様子。
意外とあっさり「九州討伐」を完了してしまった。
イベントにより、薩摩以外の島津領が豊臣領となる。


信長の野望 創造PK 大名録・羽柴家「小牧・長久手の戦い」の巻


勝家との決着がつき、今度の大名録は「大坂城築城」。
これは改修するだけなので、
政治の高い秀吉らでサクサク改修して終了。

そしていよいよ「小牧・長久手の戦い」。
といっても、現在の戦力を考えたら、赤子の手をひねるより簡単。
その前に残り2城の岐阜織田家を適当に滅亡させ、
そのまま条件の「清州織田家の滅亡」に向けて動く。

「小牧・長久手の戦い」が開始してすぐ
「太閤」就任イベントが起き、「豊臣家」となる。

太閤の威光を見せつける大軍を送ろうと思った矢先、
先に攻めてきたのは清州織田家。
兵が少ない目先の支城に1万程度の軍勢だ。
こちらは総勢5万以上で、多数の城を同時攻撃開始。
敵は目標の支城に到達することもできず後退したうえ、
帰るべき城もガンガン無くなっていく。
これが太閤殿下のいくさじゃああああ!

伊勢・尾張はあっというまに平らげたが、
面倒なのは北信濃にも清州織田家の支城があること。
南信濃は徳川領なので、ついに徳川家とも戦い始めた。
北条の援軍もあり、多少抵抗されたが、三河と南信濃を城を奪取。
ところが、北条家が北信濃にちょっかいを出しており、
先に清州織田家を滅亡させてしまった。
大名録は達成したが、武将を何人か取られたのは残念。

清州織田家滅亡のあとは、徳川家との手打ち。
信用度を上げないといけないのだが、直轄以外の部隊がやたらと徳川領を攻めており、
一度軍団編成と攻略指示の設定を見なおした。
北陸方面と東海方面部隊の目標はともに上杉家のみとする。
距離もあるし、しばらく放置でよいだろう。
しかし、北条・徳川同盟側から攻めてくることもあり、
断絶状態が続くので、朝廷に働きかけ徳川との停戦を行った。

そんな中、茶々イベントが発生し、配下に加わる。
能力が85/82/71/86とは、織田ブラッド、高性能過ぎる。

朝廷をちまちま工作している間に、徳川家が「興味」に。
ガラシャを使者にして工作開始。
また、東側が落ち着いている間に、四国への侵攻を開始する。
面倒なので出陣コマンドを使ってみる。

豊臣軍:33600 VS 長宗我部軍:約13000

ちなみに瀬戸内海に面しているにも関わらず、
大坂城16000、岸和田城8800、姫路城8600などは手付かず。
主力を温存する余裕な作戦提案だが、
はたしてどんな結果になるか。

ほどなく徳川家の信用60を達成し、大名録達成。
四国への侵攻は、多少包囲の入れ替えを行ったが、
当初の軍勢だけで4つの城を取ることができた。
兵力差の割には消耗したかな……。

惣無事令を実施してクリア。


2015年11月30日月曜日

信長の野望PK 大名録「山崎の戦い」~「賤ヶ岳の戦い」の巻

「夢幻が如く」の達成で本能寺の変が起き、がらりと勢力図が変わった。
これからは、羽柴秀吉軍として攻略することになる。
新たな大名録「山崎の戦い」も発生。

「夢幻が如く」が達成された進行ターン中に、
備中高松城が宇喜多勢に侵攻される。
耐久6000の城に対し、敵は8000ほど。
城が孤立している上、特性「籠城」「籠城達人」持ちもいないので、
落城前に救援することはかなり難しい。
毛利は同盟ではなく停戦中で信用も0、ほかに援軍を呼べる家もない。
ひとまず、高松城は諦めることにした。

「山崎の戦い」の最初の条件は、秀吉を石山御坊に入れること。
秀吉のいる姫路城を見ると、ガラシャなど40名以上の武将がいて驚いた。
そして森蘭丸はいないが、帰蝶もいる。
帰蝶は、結婚後の史料が少ないせいだろうが、それにしても適当に詰め込み過ぎだ!
「夢幻が如く」達成の前月に元服した姫武将、織田茜も秀吉配下で姫路城に。
なかなかの秀才なので、こやつが織田家の後継でいいではないかと思った。
しかし、目的は戦国伝回収なのでこのまま進めるしかない。

秀吉以外にも、武将不在の城に人を入るなど、適当に再編成する。
そしてターン進行すると……「山崎の戦い」失敗。
あれ? どうも本能寺直後、30日以内の石山御坊入りだったらしい。
時間的に、進行中に秀吉を出陣させて、そのまま石山御坊に入れるしかないようだ。

というわけで巻き戻し。あまりセーブしていなかったので甲州征伐直前まで戻る……。
テキパキと条件を満たし、本能寺!
イベント後、すぐに秀吉を石山御坊に出陣させた。
一応、「疾走」持ちの川尻秀隆を副将につける。

秀吉が石山御坊に入り、イベント会戦が開始。
かなり有利な状況なので、簡単に勝利。大名録を無事に達成した。

続く大名録は「賤ヶ岳の戦い」だが、一気に手に入った明智領は武将不在。
石山御坊にまとめて武将が入っているので、まずはこちらを整理する。
筒井家が臣従を申し出てきたが拒否。島左近を配下としたいし、
筒井家が残っていると、周囲の国人武将を登用できないためだ。

武将配備が終わったら、いよいよ賤ヶ岳の準備。
本拠地は東側を直轄における石山御坊に設定する。
最初の条件は「雑賀城」「岐阜城」を支配下に置くこと。
備中高松城は宇喜多に取られるがこれも放置。

第一のターゲットは鈴木家。
兵士2500、耐久6000で、鈴木佐太夫や重秀、本願寺顕如など、
優秀な武将が多いので、15000ほどの兵力で侵攻する。

山陰(直轄外)に毛利の抑え用に派遣した池田輝政が、
備中高松に勝手に攻め込んだので、それに呼応して、
播磨からこちらも兵を出す。但馬、丹後も山陰側から宇喜多領へ。
毛利と停戦協定が結んであるうちに、宇喜多を滅ぼすことにした。

岡山城は耐久10000以上の堅城なので、それ以外を落としたところで、一旦兵を帰還。
鈴木家方面は、雑賀城に続き、手取城も落として鈴木家を滅亡させた。
岡山城は、無傷の二条御所兵などで落として、宇喜多家も滅亡。

鈴木と宇喜多を落としたところで、2つ目の条件「岐阜城」に出兵した。
同時に筒井家も滅亡させ、武将を登用する。
岐阜は城こそ立派だが、これを治める岐阜織田家は取るに足らない実力。
さっくり落として柴田攻めに取りかかった。

賤ヶ岳最後の条件は、柴田家の滅亡。
領土が横に広いので、兵を多数出して、西と南から同時に攻めた。
最初の城こそ、多数の兵で迎撃されたが、そこを凌げば、
物量に勝る我軍の敵ではない。北庄城目指してどんどん攻め入った。
途中で「勝家の死」が発生。北庄城を強行で落とすことでイベント進行し、柴田家が滅亡。
残った柴田領もまとめて手に入った。





2015年11月29日日曜日

信長の野望PK 大名録「甲州征伐」~「夢幻が如く」の巻


大名録「甲州征伐」はシナリオ「夢幻の如く」開始時(1982年1月)に発生。
ついでに前回失敗した武将録「高松城水攻め」も同時に発生した。
1582年12月までに「甲州征伐」を達成していれば、大名録「夢幻が如く」も発生するようだ。

12月に達成してそのまま次の大名録が発生するか怪しいので、
「甲州征伐」の達成目標は11月に設定する。
残る武田領は狭い範囲で城5つなので、問題無いだろう。
攻略の邪魔になる武田の同盟は上杉家と真田家が、
どれだけ積極的に派兵してくるか。
圧倒的な物量で援軍してくる北条家が同盟でなくなったのは助かる。

まずは在野にいる11人の武将を登用。
能力の高い南光坊天海と磯野員昌には家宝を与える。
内政は商業重視で数ヶ月行う予定。
建設はひとまず政策「楽市楽座」用の創造上げに茶室・教会を数個作るのみ。
整備と巡察も適当に行う。
巡察は知略の高い武将で行うほうが資源発見率が高そうなので、
雑魚でまとめてやらず、有能武将で少しずつ進める。
整備優先すると金も足りないしね。
ちなみに北陸方面には知略の高い武将がいないので、
北庄城に南光坊天海を派遣した。

「甲州征伐」最初の目標は「高遠城の包囲」。
包囲すればイベントが進みそうだが、念のため先にを見据えて人事異動。
特に兵士の多い、岐阜、清須、那古野に一線級の武将がいないのはいただけない。
最前線の飯田城から、ジュニア信忠を岐阜城、滝川一益を清州城へ。
本城なみの兵力がある那古野には、音羽城から蒲生氏郷を入れた。
飯田は武将ゼロになるので、5名も武将がいるおとなりの苗木城から適当に2名持ってくる。

武将が1人しかいない、郡上八幡城、鳥峯城、小牧山城、
戦闘要員のいない犬山城にも、
加藤清正、丹羽長秀、堀秀政、磯野員昌らを派遣した。

ちなみに「高松城水攻め」は秀吉と官兵衛による包囲が条件だが、
毛利方面の拠点である秀吉の姫路城は直轄外。官兵衛も直轄外の淡路島・洲本城にいる。
2人をまずは兵の多い石山御坊に呼び寄せ、二条御所にも大谷吉継、福島正則を呼び寄せた。

高遠城包囲はイベントだけで終わるようなので、
苗木城から川尻秀隆1500を出陣させて1月は終了。

翌2月、上原城に向けて尾張から兵を出動させる。
清須から滝川一益4200、那古野から蒲生氏郷3000。
高遠城の次の目標は「新府城」だが、その途上に上原城があるためだ。
また、石山御坊から秀吉+官兵衛の部隊を、高松城に向けて出陣させる。
中国方面軍は、播磨、伯耆、因幡、但馬、丹後をまとめ、ひとまず藤堂高虎に預けた。
毛利方面へあまり勝手なことをしないように、攻撃目標は長宗我部家に設定。

3月、なんと駿府から出陣した徳川軍が新府城を包囲。
そしてなぜかメッセージは「織田家が武田を滅ぼした」と。
連合軍でもないのに……。
武田の城もすべて織田参加となり、
信長が「風林火山」も習得し、無事に大名録達成したので問題はないが。
続く大名録「夢幻が如く」がスタート。
こちらの部隊はそのまま真田討伐に向かわせた。

4月、安土城に大量に入ってきた武将などを旧武田領に配置。
秀吉が備中高山城を包囲して、武将録を進行→達成。
秀吉部隊は帰還させる。

それにしても上田城の士気の落ち方が遅すぎて驚く。
城主の真田昌幸がハイスペックな上、特性「籠城」を持ってるためだ。
むかついたし、兵糧も足りなくなるので焼き討ちしてやった!

11月になってようやく上田城の士気が半分に。
新たにより多くの兵で包囲するか、「城攻め名人」がいないとこれはかなり厳しいようだ。
面倒なのでこれは諦めて、「夢幻が如く」達成の準備をする。
といっても、指定の城に武将を入れるだけだ。

最後に明智光秀を二条御所に入れると、イベントが発生し「夢幻が如く」達成。
勢力図が強制的に書き換わり、プレイヤー大名は羽柴秀吉となる。

2015年11月28日土曜日

信長の野望PK 戦国伝「中国征伐」の巻 その2

いよいよ本丸の戦国伝「中国征伐」開始。期限は5年(1984年4月)。
リアルに考えてこの期限は短すぎる。歴史感が台無しのまさにゲーム脳。
開発者ってこういうところがださいよなあ。
しかも、失敗条件を見てみると、なんと
「1983年1月になる」
などと書かれている。なにこれ。こういうところちゃんと作っておけよ。まったく。

とクレームつけたところで、はじめの条件は「姫路城奪取」。
いきなり別所家が臣従してくるので承諾。
ちなみに城を有する勢力を従属させても、条件達成にはならない。

下準備が終わっているので、姫路はあっさり奪取。
その後、三木家が反旗を翻し武将録「三木の干殺し」が発生。
適当に挟み撃ちにしてこれも達成。続いて武将録「攻城名人、秀吉」が発生。
山陰側も攻める準備はできているので、こちらもすぐに達成した。
そして、武将録「高松城水攻め」が発生。
しかし、城攻めの為にちらばった兵力を近くの城に集めていたら、
直轄地ではない城の部隊が先に攻め入って落としてしまった……。
ほかのシナリオでこのイベントは見ているのでまあいいか……。
秀吉が特性を入手できなかったのは残念。

ちなみに武田がちょいちょいウチや徳川家にちょっかい出してきており、援軍を求められる。
美濃・尾張は兵力が多く、福島正則や加藤清正も元服してきており、
長篠で一線級武将の死亡した武田家はもはや相手にならない。
しかし、裕福な関東から繰り出される北条の援軍はかなりやっかいだ。
近江などの兵力を総動員しても、武田・北条の連合軍を撃破するのは骨が折れるので、
武田側は防衛戦に徹することにした。

高松城を落としたあとはほぼ作業だが、
毛利の領土は西に広がっているので、時間との戦い。
尾張・美濃を除くほとんどの兵力を西に遠征させることにした。
適当に出陣させたあとは、評定も委任して状況にあわせて兵だけ動かす。
少ない兵で包囲して、大兵力が交通渋滞したりしないように調整するだけだが。

1582年8月、無事に「中国征伐」達成。
ついでに改修でまだ達成していなかった「砲台」を適当に作り、
これまた未達成だった「惣無事令」を実施してクリア。

次の目標「甲州征伐」は、別のシナリオで開始する。

2015年11月27日金曜日

信長の野望PK 戦国伝「中国征伐」の巻 その1

前回の流れで回収できない戦国伝「中国征伐」のため、改めて新規プレイ。
シナリオは「長篠の戦い」。

開始時、いきなり在野武将を10人ほど登用できる。
雑魚含め何人いても困ることはないので、全員登用。
上泉信綱や南光坊天海といった一線級の武将も混ざってるのは嬉しい。

楽市楽座を実施できるように、茶室と教会を建て、
あとの開発は委任。いきなり広い領土があるとまじめにやるのがだるすぎる。
城周囲の道だけは、手動でボチボチ整備する。

ゲーム開始時に同時に開始する戦国伝「長篠の戦い」は、
最初の条件が政策「火器集中運用」の実施。
実施には「鉄砲隊強化」も前提条件なので、2000/月ほどの出費になる。
整備をしっかり進めると金が結構なくなるので、ひとまず戦国伝は放置。
期限は5年後なので、急ぐひつようもない。

1575年11月。城周りの整備・懐柔・調査が完了し、内政値も充実。
長篠の期限まではまだたっぷり余裕があるので、
後の中国征伐を速やかに進めるために、山陰方面の城取り開始だ。

越前の金ヶ崎城に堀秀政、
若狭の後瀬山城に大谷吉継、
北近江の清水山城に藤堂高虎、
山城の二条御所に羽柴秀吉らを派遣し、波多野家を攻める。

また、筒井家との同盟を破棄して信長本体、松永久秀らでいっきに殲滅。
島左近の登用が主な目的だ。その島はさっそく筒井城に配置する。
そして伊賀を懐柔・取込して百地三太夫を登用。

西への玄関口にもなる三好家の岸和田城へも、
霧山御所に移した明智光秀、伊賀上野城に移した佐久間盛政(&さっそく三太夫)らを派兵。
なぜか同盟国の三木家が淡路島を抑えて、四国からの敵経路を分断していた。
本願寺が横槍を入れてきたので、このさい尾山御坊にも出陣。
尾山御坊を落とした兵力+αでそのまま鈴木家も討伐へ向かう。

石山御坊には、北近江から藤堂高虎を移動させる。

1577年、姫が生まれたので上杉に婚姻同盟を結ぶ。
そしてついに「火器集中運用」を実施して、長篠の戦いへ!

「長篠の戦い」はイベント会戦で勝利。
会戦内のミッションはコツがいるが、ぐぐればすぐ出てくる。
馬場を丹羽長秀+羽柴秀吉、山県を家康家康+本多忠勝で止める。
山県は凶悪だが、より凶悪な忠勝の蜻蛉切で仕留めるといい。
最大のポイントは、鉄砲でも弓でもなく肉弾戦で戦うこと。
兵が減りすぎた部隊だけは、下げて弓をペチペチする。
柵より内側に侵入されなければ、ミッション的な問題はない。
勝頼撃破のミッションは信長を前進させて終了。
勝つだけなら簡単な戦いで、戦国伝としてもかなり容易な部類。

次なる戦国伝は「安土城築城」。
これは観音寺城を改修するだけ。
石垣(設置済み)、三の丸、四層天守、をさくっと作って完了だが、
中国征伐の前に少しでも西に進むため、天守だけ少し引っ張る。

1579年5月、四層天守を完成。「安土城築城」を終え、
本命の戦国伝「中国征伐」が開始する。
婚姻同盟を結んでいた上杉も毛利方に。
イベント連合の前では婚姻も意味なしのようだ。

以下はこの時点の全国図。


山陰も山陽も毛利に隣接するところまで、
城を確保してある状態での、戦国伝開始だ。

2015年11月23日月曜日

信長の野望PK 戦国伝「三木合戦」の巻 その3

1579年9月、武将録の条件である「備中高山城」に侵攻。
高松城はイベント2回で奪取。
続けて周囲をどんどん攻めていく。

1580年2月に備中を統一。6月に備後を統一。
減少した部隊を一旦戻し、捕虜を登用する。
とはいえ、各地の兵を出動させ、侵攻の手はゆっくりながらも緩めない。
それにしても、山陰・山陽はその名の通り山が多く、
道も未整備だったため移動に時間がかかる。

耐久11000を誇る月山富田城を落とすため、
備後を攻めた部隊を山陰に北上させる。
山陰側は直轄を離れた部隊が適当に攻めているのを、
適当に支援していたので、そのまま月山富田城を挟み撃ちする形に。
また、今後に備えて若狭、北近江、加賀から部隊を山陰方面に出動させる。
ついでに暇をしている部隊で伊予の村上家、紀伊の鈴木家を攻め始める。

順調に攻略を続け、1580年終了時点で毛利の城は残り6つ。
耐久の高い城はひとつも残っていない。

1581年4月、最後に残った指月城、高嶺城に侵攻。
連合結成から3年がたち、連合としての毛利討伐は期限ギリギリで失敗。
そして7月、毛利を滅ぼしてついに「三木合戦」を完了した。
悠長に内政を行わず、軍事行動に集中すれば、それなりに余裕を持ってクリア可能。
織田の物量恐るべし。